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札幌高等裁判所 昭和53年(ネ)166号 判決

控訴人(原審原告)

一ノ渡敏男

外二名

右控訴人ら訴訟代理人

下坂浩介

被控訴人(原審被告)

東京海上火災保険株式会社

右代表者

石川実

右訴訟代理人

田中登

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因第一項の事実(本件保険契約の締結)、同第二項の事実(本件事故の発生)は、いずれも当事者間に争いがない。なお、〈証拠〉によれば、本件事故の発生時刻は、昭和四九年六月二二日午前一時二〇分ころであると認められる。

二そこで、控訴人らの、自賠責保険者たる被控訴人に対する自賠法一六条に基づく直接請求(請求原因第三項(一)ないし(三))の当否につき検討する。

1  自賠法三条本文は「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。」として、いわゆる運行供用者責任を明らかにしているが、他方、同法一一条は、自賠責保険の「契約は、第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生した場合において、これによる保有者の損害及び運転者(中略)の損害を保険会社がてん補することを約し」てなされるものであるとし、同法一六条も「第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は(中略)保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。」として自賠責保険がいわゆる責任保険であつて、基本的に保有者の損害賠償債務を填補するための保険であることを明らかにしている。そして、自賠法二条三項は、右にいう「保有者とは、自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するものをいう。」としている。

従つて、控訴人らの被控訴人に対する自賠責保険金の直接請求が認められるためには、自賠法三条本文の規定による保有者の損害賠償責任の発生がその前提であると解されるところ、控訴人らは、控訴人敏男が本件自動車の保有者であり、訴外石岡が運行供用者であること(請求原因第三項(一))、訴外石岡が運行供用者と認められないとしても控訴人敏男が運行供用者であること(同項(二))を主張するので、まずこの点につき検討を加える。

(一)  〈証拠〉によれば、訴外英之は、昭和四九年二月一日、当時満一八歳で、第一種普通運転免許を取得し、同年三月自動車を購入するため、トヨタカローラ北海株式会社に行き折衝をした後、更に実質的商談には控訴人敏男も加わり本件自動車を購入したが、その頭金、保険料、税金等計五二万五五〇〇円及び月賦代金一〇万六六二〇円(控訴人敏男名義で振出の約束手形一九枚中の二枚分)は控訴人敏男が現実に支払つたけれども、その契約当事者、自賠責保険、任意保険契約者の各契約者名義はすべて訴外英之としてなされたこと、当時訴外英之と控訴人敏男は同居していたが、同人は自動車の運転免許は取得しておらず、同人において自動車を必要とするときは勤務先のそれを利用しており、本件自動車は専ら訴外英之が自由に運転使用していたこと、同訴外人は同年四月から訴外株式会社草別組に就職し、護岸用コンクリートプロツクの製造作業に従事し、同月中旬ころから同社の函館市七重浜作業所に、同年五月中旬ころから今金町作業所に転勤し、いずれも住込みで勤務していたが、右就職後も本件自動車を作業所に持込むなど身近において管理使用していたこと、がそれぞれ認定でき、右認定に反する証拠はない。

右の各事実によれば、控訴人敏男が、本件自動車を訴外英之に買い与えたものであつて、右購入の直後から、訴外英之が本件自動車を所有し、直接かつ独立して使用し、その運行による利益を得ていたものと認めることができる。これに対し、被訴人らは、本件自動車購入者及び本件保険契約者は控訴人敏男であり、それを訴外英之名義にしたのは、自動車セールスマン兼被控訴人の代理人訴外平宮勝弘からの勧めに従つたにすぎない旨主張し、控訴人敏男もその本人尋問中においてそれに副う供述をしているが、右供述は〈証拠〉に照らし措信できない。また控訴人らは、控訴人敏男が訴外英之に対し、本件自動車の管理運行につき常に指示注意を与え度々自己のために運転させていた旨主張するし、〈証拠〉によれば、控訴人敏男も時々訴外英之の運転する本件自動車に同乗したことが認められ、又控訴人敏男本人尋問の結果中には、本件自動車の運行につき、訴外英之に注意を与えていたとの旨の供述も存するが、右注意の程度は、控訴人敏男が訴外英之の親権者としてなすべき通常の監護の範囲内にとどまるものであつて、右の程度を越えて本件自動車に対して管理支配を尽して、これを使用していたとの事実を認めることはできず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして右のような状況が本件事故当時まで変らなかつたことも前顕各証拠によつて認めることができる。従つて、控訴人らの右主張は、いずれも理由がない。

以上認定の事実によれば本件事故当時、本件自動車の保有者は訴外英之であつて、控訴人敏男であると認めることができない。

(二)  〈証拠〉によれば、訴外英之は、昭和四九年六月二一日午後六時三〇分ころ、同僚の訴外石岡と岩内町へ遊びに行つたが、その際訴外英之が同町に至るまでの約二時間本件自動車を運転し訴外石岡が助手席に同乗したこと、右両名は岩内町で飲食した後、同月二二日午前零時ころ今金町に向つて帰途についたが、最初訴外英之が本件自動車を運転し訴外石岡は助手席に同乗していたところ、長万部町の市街地から車で五分位黒松内寄りの地点で、訴外英之が、眠いから運転を交替してくれと申入れ、訴外石岡がそれに応じて本件自動車の運転をし、訴外英之が助手席のシートを後部に倒して寄りかかり眠つた状態で本件事故の現場にさしかかつたこと、当時、風雨が強く、暗くて見通しが良くなかつたが、訴外石岡は本件自動車を時速約七〇キロメートルの速度で進行したため、本件事故現場の右カーブを曲り切れず美利河橋の左側親柱に本件自動車の左前部を激突させ、その衝撃により訴外英之に対し頭蓋骨骨折等の傷害を負わせたこと、がそれぞれ認定でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、訴外英之は、本件事故発生の直前に訴外石岡と本件自動車の運転を交替し、本件事故時には本件自動車を直接運転していなかつたものの、なお本件事故発生時において、本件自動車について運行の支配と利益を有していたものと認めることができる。そして、前記事実によれば、訴外石岡も単なる運転者にとどまらず本件自動車の運行について支配と利益を有していたものと認めることを相当とし、右両者は、いわば共同運行供用者の関係にあるというべきである。

ところで前記説示の通り、控訴人らの被控訴人に対する自賠責保険金の請求が認められるためには、自賠法三条本文の規定による保有者の損害賠償責任の発生がその前提であるところ、控訴人らは、控訴人敏男が本件自動車の保有者であり、訴外石岡ないし控訴人敏男が運行供用者であると主張するが(請求原因第三項(一)及び(二))、右のうち訴外石岡が本件自動車の共同運行供者用であると認められるものの、控訴人敏男が保有者、運行供用者であるとの事実は認めることができない。従つて、控訴人らの右の主張は採用できない。

なお、右訴外石岡が本件自動車の共同運行供用者であると認められることに関連し、同訴外人が本件自動車の保有者であると認める余地の問題になりえようが、前記(一)で認定した通り本件自動車の保有者は訴外英之であると認められ、訴外石岡が保有者であるとは認めることができない。

2  そこで、次に自動車の保有者、運行供用者が被害者になつた場合には、その者は自賠法三条の「他人」に該当すると解すべきであるから、本件自動車の保有者、運行供用者が訴外英之であると認められるとすれば、同人は右同条の「他人」として保護されるべきである旨の控訴人らの主張(請求原因第三(三))につき検討を加える。

自賠法三条の「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び自動車の運転者を除くそれ以外の者をいい、右運行供用者がいわゆる共同運行供用者でありかつ被害者であつた場合においても、その被害者たる共同運行供用者の運行支配が直接的、顕在的、具体的であるときは、右被害者たる運行供用者は自賠法三条の「他人」には当らないと解すべきところ、これを本件についてみると、前記説示の通り、訴外英之は本件自動車の保有者、共同運行供用者であると認められ、また本件事故の被害者であることは当事者間に争いないが、前記1(二)で認定した事実によれば、訴外英之は岩内町に至る約二時間本件自動車の運転を継続し、かつ同町からの帰途の際も同車を運転したものであり、本件事故当時訴外石岡が運転していたものの、それは事故の直前に訴外英之からの眠いから交替してくれとの申入れによりたまたま運転を交替したにすぎず、しかも同訴外人は隣の助手席に同乗していたのであるから、訴外英之の本件自動車に対する運行支配は、終始直接的、顕在内、具体的であると認めることができ、右の認定を覆すに足りる証拠はない。従つて、訴外英之が自賠法三条の「他人」に該当するとの被控訴人らの主張は採用できない。

また自賠法によつて保護される者は被害者全員であつて、同法三条の「他人」の文言に拘泥すべきでないとの控訴人らの主張も採用することはできない。

以上の通りであるから、控訴人らの自賠責保険者たる被控訴人に対する自賠法一六条に基づく直接請求(請求原因第三項(一)ないし(三))は、その前提を欠くものであつていずれも理由がない。

三そこで、更に、控訴人らの、訴外石岡に代位し、同人が本件自動車の運転者として保険者たる被告から支払を受けることの出来る保険金の支払を請求する(自賠法一一条、一五条)旨の主張(請求原因第三項(四))につき検討する。

訴外石岡が本件自動車の運転者であつたこと、自動車の運転者も自賠責保険契約の被保険者であることはいずれも当事者間に争いないが、自賠法に基いて被保険会社に対して保険金の支払を請求することができるためには、その前提として自動車の保有者の損害賠償責任が発生した場合であることを要すると解すべきところ(自賠法一一条、一五条。前記二1で説示したところである)、前認定の通り本件においては、本件自動車の保有者は訴外英之であり、同人につき、本件自動車の保有者としての責任の生ずる余地はないのであるから、その余の点につき判断を加えるまでもなく、控訴人らの右主張は理由がなく、採用できない。

四以上説示の通りであつて、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法三八四条一項によりいずれもこれを棄却し、訴訟費用につき同法九五条、八九条を適用して主文の通り判決する。

(安達昌彦 渋川満 大藤敏)

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